JIDA Inhouse female designer’s research association(インハウス女性デザイナー研究会)は、4月〜翌年3月までの一年間を一区切りとして活動しています。年度始めに活動テーマを決定して定例会を毎月開催し、研修を年に一度行います。
25回目を数える今期は、テーマを「新しいコミュニケーションの視座〜“ひとり時間とみんな時間をバランスする“という価値観 〜」と題し、2012年3月5日に研究報告発表会を開催しました。関係者の皆様のご協力をいただき、お蔭様で昨年度を上回る多くの方々にご参加をいただくことができました。
今期の活動にあたり、着目した点
昨今の経済危機の影響を受けて、コストのかかる模型や展示物の作成、宿泊研修を行なうことが困難な状況である中、「いかに実りある勉強会にすべきか」が問われています。そこで今年は、近年フォーカスしてきた“多様化するユーザーの価値観”へのアプローチを継続、更に昨年度のアウトプットを深堀することで、提案の質を高めることにしました。
一方で、メンバーの見聞を広め、スキルアップを図る目的で異業種交流体験にも力をいれていくことにしました。
研究テーマ活動
新しいコミュニケーションの視座
〜“ひとり時間とみんな時間をバランスする“という価値観 〜
1【背景】
本研究会では23〜24期にかけて、多様化するユーザーの価値観をいかに把握し、求める体験や感覚を掴み取るかをテーマに活動を重ねてきました。その中の一つとして見えてきたのは「ポジティブにひとり時間を楽しむ」という、現代の環境が加速させた価値観。
そして去年、我々は未曾有の災害3.11を経験しました。困ったときに助け合える人と人のリアルな結びつきが見直され、「絆」を大切にしたいというメガトレンドが生まれました。
2【気づき】
「ひとり時間を楽しむ」という気持ちと、「人とのつながりを大切にしたい」という思いは、同じ人間が抱く気持ちではないか。そしてその気持ちはどう住み分けられているのだろうか。
3【仮説1】
「ひとりでいたい」という気持ちと、「みんなでいたい」という思いは、誰もが共存させて抱いている価値観であり、人によって欲する場面が異なる。
4【アンケート調査】
20代〜30代の男女30名にアンケート調査を実施。「ひとりでいたいとき」と「みんなでいたいとき」はその人にとってどんなとき時間なのかを調査しました。
(考察)
調査した全ての人にとって「ひとりでいたいとき」も「みんなでいたいとき」も両方が大切な時間であり、人によって様々な「ひとり時間」「みんな時間」を過ごしていることがわかりました。
同じ人間の中で共存する気持ちだとすれば、それぞれの人間の中で「ひとり時間」「みんな時間」が何らかの形でバランスされているのではないか、と考えられます。
5【仮説2】
人によって心地よいと感じるコミュニケーションの濃度が異なり、意識的にバランスをとりながら生活をしている。
6【生活観察調査】
より詳細に個々人の「ひとり時間」「みんな時間」の過ごし方とそのバランスについて知るために自らの生活観察調査を行いました。
メンバーそれぞれの典型的な1週間を「ひとり時間」「みんな時間」という視点で観察し、そのときに感じたことや無意識にとっていた行動などを記録しました。
(分析・考察)
観察調査結果をコミュニケーション濃度のグラフで表現し、一週間の中でのバランスの取り方をビジュアル化していきました。
がっつりとしたコミュニケーションをしたときを100%、仕事中やカフェなどで誰かを感じながら過ごしたときを50%、ひとり時間をとった時を0%として、グラフの線を書き、「ひとり時間」側をグリーン、「みんな時間」側をピンクで表現しています。
また、ここは充実した「ひとり時間」だったな、ここはただ疲れてしまう「みんな時間」だったなと、GOOD/BADマークやコメントをつけて自分で評価を付けることで「あぁ、土曜日は大学の友達と過ごして楽しかったけど、最後の方はだんだん疲れてきてたな。だから日曜日は1日ひとりでのんびり過ごしてたんだっけ」と自分のバランスの取り方や、どういうときに満足のいく時間を過ごせているのかがわかるようになりました。
メンバー7人のカレンダーを照らし合わせてみると、人それぞれバランスを取る方法や、ひとり時間が多い方が心地よい、50%50%が良い、などトータルのベストバランスは異なることがわかりました。
それぞれが、自分のベストバランスに近づくようにひとり時間を作ったり誰かと会ったり、意識的にコミュニケーションバランスを取っていました。そして、バランスがとれていると「ひとり時間」も「みんな時間」も気持ちよく過ごせるのだということに気づきました。
考察の結果、「ひとり時間」「みんな時間」のバランスをサポートするサービスに需要があるのではないかと考え、デザイン提案することにしました。
7【提案】
コミュニケーション濃度を指標化し、バランスをサポートするブランドとして“コミュランス“というブランドを提案しました。
“コミュランス“というブランド名は、「コミュニケーション」と「バランス」を組み合わせた新語です。
こちらのロゴは、バランスを表現する「モビール」と「円グラフ」をモチーフにしています。
更に今回は“コミュランス“ブランドが提供する具体的なサービスの1つとして、「コミュランスbook」というガイドブックを作成しました。
「コミュランスbook」ではコミュニケーション濃度の指標とともに、モノ、場所、サービスを紹介しています。
例えば….
コミュニケーション濃度87%
「しっかりお店の人が話かけてくれる定食屋さん」
コミュニケーション濃度65%
「メールより気楽に、
気の許せる誰かとつながりたいときにはSNS」
コミュニケーション濃度16%
「集中したいけれど、周りとのコミュニケーションの余地も残しておきたいときにはイヤホン」etc…
そしてこんな使い方ができます
今回はコミュランスbookというコミュニケーションバランスをサポートするガイドブックをご提案しましたが、コミュランスブランドの概念は、このガイドブックだけではなく、他にもいろんな展開をすることが出来ます。
例えば、グループワークプロセスのコミュニケーション度合いを評価してみる、マインドコントロールの指標としてご自身の日常の過ごし方を振り返ってみるなど、、
“ひとり時間とみんな時間をバランスする“という観点で見てみると、新しいアイテムや売り方のアイディアが広がっていきそうです。
8【報告会の様子】
当日は参加型のモビールアンケートを設置し、報告会に参加していただいた方々にも「ひとり時間」と「みんな時間」について考えていただく機会を設け、「ひとり時間」と「みんな時間」の「バランスをとる」という概念をモビールという形で会場内に展示して、ブランドのイメージをより強調させました。
今回はコミュランスブランドの発表会という設定のもと、メンバー一同もブランドカラーのスカーフとスーツスタイルで報告会を行いました。ブランドカラーやロゴ、プレゼンテーション方法も含め、1つのブランドを作り込むことで、新しい価値観をより明確に伝えることを目指しました。
■異業種交流
本年度は、テーマ活動に加え異業種交流にも重きをおき、活動してきました。各社持ち回りによって開催される
12回の定例会の中で各社の特色を活かした5つの異業種交流をすることができました。
その中から4つを抜粋してご紹介します。
1.ショールーム見学、電気自動車i-MiEVとガゾリン車iの乗り比べ(三菱自動車)
電気自動車アイミーブを試乗運転。形状が同じガソリン車と二つ乗り比べすることでその静かさにびっくりしました。エコドライブしていることをナビで視覚的に表現をしていたり、すーっとすべるように走る感覚はなんだか家電のような乗り物だと思いました。
2.腕時計組立体験(セイコーエプソン)
時計職人の方にご指導いただきながら自分デザインの腕時計を作成しました。時計に命を吹き込む緻密な作業は、職人のわざとこだわりが垣間見え、ものづくりの面白さと奥深さを感じました。
3.日産デザインセンター見学、LEAF試乗
ゼロエミッション部プレゼン公聴、(日産自動車)リーフに関するプレゼン公聴と試乗会、そして日産デザインセンターの見学をさせていただきました。デザイナーの感性を育てるための環境として空間がデザインされていることに感動しました。
またゼロエミッション部渡辺さんより、「日産リーフのバッテリーからLEAFtoHOMEについて」お話を伺った中では、車本体だけでなく、社会インフラや生活スタイルそのものに及ぶ考え方の広さに驚きました。
4.レクサス高輪店・コーディネーションルーム見学、LS600h試乗(トヨタ自動車)
レクサス高輪店にお邪魔し、LS600h試乗と内外装シュミレーションルームを見学しました。三万通りの内装バリエーションを持つL-SELECTを実際に担当されたJIDAメンバーのトヨタ黒川さんから、ハイクオリティな素材の開発秘話(伝統工芸の職人との開発など高級加工)を聞けたのはとても勉強になりました。
それらを全て原寸で組み合わせて見られるというゴージャスなサービスを目の前に、一同カルチャーショックを受けました。めったにない高級な世界を知れたすばらしい体験でした。
日帰り研修旅行
今期は、「ものづくり〜コミュニケーション」をテーマに以下の3つの場所を訪問しました。
1)2K540 AKI-OKA ARTISAN見学
2)「コズミック・トラベラーズ - 未知への旅」展鑑賞
3)クラヤミ食堂 体験
1)2K540 AKI-OKA ARTISAN
工房とショップがひとつになり高架下を「ものづくりの街」として再開発した施設。日本の伝統工芸を活かしたショップや工房が軒を連ねた場所には新しい発見が数多くありました。
<感想>
一歩足を踏み入れた先に広がっていたのは、電車の高架下とは思えないほど洗練された空間でした。「欲しい」と思う何かが、待っていてくれるような・・・。高架下の活用幅の広さに加え、ものづくりという一つのテーマに凝縮されたデザイナーや職人の技術に身近に触れることが出来ました。
プロダクトに関わるデザイナーという仕事をする中で、時代と共に変化する人々の感性に響くモノをつくるだけではなく、生活スタイルなど、モノとコトが互いに共鳴しあえる提案をしていきたいと改めて感じることが出来た研修となりました。(大久保 望(三菱自動車工業株式会社))
2)「コズミック・トラベラーズ - 未知への旅」展
エスパス ルイ・ヴィトン東京における展示をメンバーで鑑賞。一人ではなくメンバーそれぞれの視点から作品を鑑賞することで、違った角度から作品をとらえることができました。
<感想>
ルイ・ヴィトンの展示会では、会場の空間を特徴に作り出されたアート作品を 視覚だけではなく、空気感や様々な表現方法によって体感することが出来ました。 素材や構成、作られ方に目がいく人、抽象的に捉え没頭する人、異業種ならではの 着眼点があり、展示内容だけに限らず、発見がありました。 アートの色に負けず上手く調和している、ルイ・ヴィトン製品のブランド性を強く感じました。 コトづくりとモノづくりの調和により、人の心を一歩深く踏み込ませることが出来ると実感しました。。
(青柳 美智子(株式会社デンソー))
3)クラヤミ食堂
クラヤミ食堂とは、目隠しをしたクラヤミ状態で初対面の方々とフルコースの料理とさりげない演出を楽しむというイベントです。グループで参加したメンバーもバラバラに着席し、目隠し状態で初めて話す人々とクラヤミの中で食事を楽しみます。クラヤミの中で食事をするという初めての体験はどんなものになるのか、そして初対面の人々とどんなコミュニケーションが生まれるのか、「コミュニケーションをバランスする」観点からも新しい発見があるのではないか、という期待も込めて今年の研修のメインとしました。
<感想>
目隠しをして、クラヤミ状態で初対面の人たちと食事を楽しむ「クラヤミ食堂」では、ただの"おいしい"を越えた食事を体験することができました。
真っ暗な中での乾杯に苦労し、自分の舌のあいまいさに驚かされ(サーモンのすり身をカニだと思っていた!!)、カトラリーも満足に使えない有様でしたが、見えない食事を形やにおい、味から想像することと、同じテーブルについた見えない相手を声や行動から想像することはとてもよく似ていると感じました。
限られた情報の中でどれだけ相手に興味を持って、思い込みを捨てて向かい合えるか?ということが豊かなコミュニケーションの第一歩であり、今年度の私たちのテーマ活動である"コミュニケーションの濃度をバランスさせる"という価値感に、コミュニケーションの豊かさ・困難の度合いなど、多くの指標が複雑に影響しあって、人の心地よさを形成しているということを体験的に実感することができました。
(倉田夏子(日産自動車株式会社))
■25期活動を終えて
今期のテーマ活動では、昨年度のテーマ活動の内容を部分的に引き継ぐ形で、より深い考察と検討を進めることができました。それは、ただテーマを引き継ぐだけではなく、今期のメンバーとしても共感や興味をもてる内容に対して自分たちで考え、迷い、悩み、議論を重ねながら、最後にはブランドという形でより明確に新しい価値観を浮き彫りにできたのではないかと感じています。私たちインハウスデザイナーの日々の業務の中では、ここまで自由にそして純粋に自分たちの発想や考えを追及する場というのはなかなかありません。そして自由ゆえに、会の進行や報告会に向けた準備も、それぞれが自主的に考えて動く必要があります。今期のメンバーもそれぞれが自分のスキルを活かし、自主的に調査方法の提案やブランドの作りこみ、プレゼンの演出、展示物の作成などを行いました。そういった活動全般を通して互いに刺激しあい、スキル的にも意識的にも多くのことを学び、成長することができたと実感しています。また、今回は異業種交流にも力を入れ、各社の特徴を生かしたさまざまな体験をさせていただきました。普段はPCと向き合っている時間が長いですが、五感を研ぎ澄ませて肌身で感じる貴重な体験を数多く経験することができました。
四半世紀つづいてきたこの会ですが、この先も多くのデザイナーが成長し、また周囲に対しても新しい視点を提供できる場になるよう、実りある活動を進めていきたいと思います。今後ともこの会へのご理解とご協力をお願いいたします。(越由紀子(セイコーエプソン株式会社))
<メンバーの感想>
「新たな価値観から掘り下げ、クリエイティブする」というプロセスは、自分自身の幅を広げる貴重な経験となりました。また異業種デザイナーが集まったからこそ、たくさんの発見や新たな視点が持て、常に刺激的なディスカッション・クリエイティブが出来たと思います。
あとは単純に、ワクワク!ドキドキ!させる感性の共有の場は、これぞ、デザイナーに必要な時間!と感じさせてもらえる勉強の場となりました。(黒川亜須可(トヨタ自動車株式会社))
各業種、会社で第一線で働いている同世代のメンバーとテーマ活動を通して様々な意見交換ができ、とても刺激的で有意義な活動をすることが出来ました。
今後も、女性ならでは、若手ならではの視点で新しい価値観や切り口を見つけていきたいと思います。(嶋田あずみ(三菱電機株式会社))
二年間、JIDA関係者の皆様・メンバーに支えられて勤め上げることができました。社外のデザイナーと長期にわたって深くコミュニケーションをし、共同作業ができた経験は私の一生モノの財産です。ここで得た主体性とコミュニケーション能力、そして素晴らしい仲間をこれからもずっと大切にして行きたいと思います。
この会がこれからも沢山のデザイナーに素敵な経験を提供してくれることを願っています。
今後とも活動へのご理解とご協力を宜しくお願いいたします。(千木良 康子(株式会社東芝))
■構成メンバー
<委員長>
千木良 康子 株式会社東芝
<副委員長>
越 由紀子 セイコーエプソン株式会社
<会計>
嶋田 あずみ 三菱電機株式会社
<活動報告・研修>
倉田 夏子 日産自動車株式会社
黒川 亜須可 トヨタ自動車株式会社
大久保 望 三菱自動車工業株式会社
青柳 美智子 株式会社デンソー
報告 : 越 由紀子